合い言葉は「世界」
『世界』。
昔の子供向け妖怪本にこの単語が付くだけで、バイオレンス度もインチキ度も一気にヒートアップ!!正に魔法の言葉である。
どのページをめくってもいちいち『死ぬ』『殺す』という単語が飛び交い、そのうち殺したるキング(知ってる?)でも登場するんじゃないかとワクワクしたりしなかったり(登場しねぇって)。
……ま、でも中岡俊哉先生に限って言うと、舞台が日本だろうと世界だろうとそのバイオレンス度に変わりはなく、何か気に入らない事があると暴れ廻って人々をブッ殺しまくる「キレる十代かお前は」な奴が続々登場しちゃうのだが。
それはさておき、パチモン妖怪の大家・佐藤有文先生の著書『いちばんくわしい 世界妖怪図鑑』(立風書房)でもタイトルに世界と銘打った以上当然ながらそんなバイオレンス特急一直線な展開が繰り広げられてしまう訳で、ひとしきり「死ね死ね団のテーマ」並に「死ぬ」「殺す」という単語が乱れ飛ぶ中、丁度言いところでやはりと言うか何と言うか脱力妖怪が登場してしまうのである。
その名は「牛鬼カルフ」!
とにかく細かい説明は後回しにして、イラストを見てもらいたい。
この今にも「ふへへへ」と気の抜けた笑い声が聞こえてきそうなイラスト……最高だ!
例によって有文先生は、こいつにも物凄く素敵な解説文を用意してくれているのだ!紹介してみよう。
「はじめは、どうもうな牛鬼だったが、悪魔との戦いに敗れて角をもぎとられてから、ひどくのろまになってしまったベルギーの妖怪。
とてもおいしそうなにおいを発するので、牛鬼カルフは動物妖怪にねらわれて食い殺された。
そのおかげで、ずいぶん人間がねらわれずにすんだ。」
……「とてもおいしそうなにおい」辺りでもうブブーッと吹きそうになる名解説!有文先生グッジョブ!!と親指立てずにはいられない。
しかしおいしそうなにおいって言うと、やっぱり焼肉屋から漂ってくるあんな匂いかいな?(余談だが管理人行きつけのある古本屋は、隣が焼肉屋という鋭い地形になっていて、空腹時に行くと倒れそうになる)
ともかく、そのとぼけた風貌で笑いを取るばかりか、己の身を(勝手に)危険にさらし、結果的に大勢の人を救った牛鬼カルフ!
笑いと感動をありがとう! (宮内洋の声で)俺は君に「西洋版はらだし」の称号を贈るぞ!!
カルフよ!永遠なれ!!!
元ネタがあった
……その後唐突にではあるが、カルフの元ネタが発覚してしまった。
『図説 ヨーロッパ怪物文化史事典』(原書房)によると、これは「坊主仔牛」と呼ばれるもので、『図説〜 』から転載すると、
宗教改革のとき、マルティン・ルターとメランヒトンが出版した小冊子に、教皇ロバとともに紹介された怪物。それによれば、坊主仔牛はドイツのフライブルグで一五二二年十二月八日に生まれたことになっている。その姿は人間の赤ん坊の様な顔をしていて、体躯は仔牛のそれを思わせる。また、伸びきったような皮膚(?)のようなものも、この坊主仔牛の重要な要素といえよう。
この怪物もまた、福音主義的プロパガンダとして利用され、じつは皮膚のようなものは、修道士がまとう外套(マント)を、坊主頭であることは修道士の典型的な髪型をあらわしているのである。ルターによれば、この坊主仔牛はうわべだけは宗教的であっても、内面は獣的で、偶像崇拝に熱心な、聖書の光に抗う典型的な修道士を象徴しているのだという。
という事だそうな。
一言でいうならば
『この生臭坊主が!』
って事であろうか?ちなみに解説文に書かれている「教皇ロバ」についても有文先生は「いちばんくわしい〜」にてしっかり「馬頭魔人」って名前にして登場させている。ぬかりないですな、有文先生。ちなみにイラストはこんなのである。
ちょっとインパクトに欠けるなぁ……。解説文はというと
悪魔に魂を売りわたす約束をして、馬で逃げようとした女の人が馬頭魔人の姿にされてしまった。それで、しっぽとおしりに悪魔の顔がついているが、馬を病気にさせたりとつぜん馬を暴走させたりして、馬に乗っている人を落馬させて殺した。
馬づくし……。
しかし、マルティン・ルターも自分の死後何百年も経ってから遠い異国の地で、自分の本の挿し絵がこんな愉快な扱いされてるとは思わんかったろうなぁ……。
おまけ
「昭和の子供 懐しの妖怪図鑑」(コスモブックス)にて漫画家・水上悟志氏による牛鬼カルフのイラストが収録されており、「食われる〜っ!」と叫びながら走り回る姿が最高である。実に素敵なので機会があったら是非見ていただきたい。